ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

恥じらい忘れたくないね

 ひらログの読者が100人を突破しました。当ブログの開設から1ヶ月あまり、私の書くものを読んでくださる方は、いまや私のともだちより多いということになります。ことばを好いてくれる人がいるのは、この上なくしあわせなことです。いつもありがとうございます。

 ぼんやりと100人に宛てて書くことをしなかったからこそ、それだけたくさんの方に受け取っていただけたのなら嬉しいかぎりです。いつでも一度にひとりだけを思って書きます。たとえば汚いノートを、すぐ溶けるアイスを、破れたTシャツを、そのうしろに隠しただれかを。100万人のために唄われたラブソングに想いを重ねたりしないと歌うおじさんたちは、ひとりを思って歌うから100万人に愛されているのだと考えます。

 書いたものを見せるのは、ずっと恥ずかしいままです。打ち明けたいのと、ばらしたくないのとは、常にせめぎあいです。おさまりがつかなくなると、さらっとしゃべるふりをがんばって、恥ずかしいことをなんとか言ってのけます。内心どきどきしています。どきどきしながら書いていたいのです。

おかいもの的倒錯

 ひとに一目惚れをしたことはありませんが、ものにはよくします。今度の相手はビニール製のポーチでした。彩度を落としたトリコロールカラーみたいな配色、太めのペンで描いたイラストがかもし出す、すっきりしているのにあたたかい雰囲気、右上にいるハイヒールを履いた脚のかたち、なにもかもがタイプの子です。小学生がプールに持って行くかばんと同じにおいがするところも気に入っています。

 なんとしても連れて帰りたく、口実を設けようと頭をひねりました。電子辞書のケースを探しているところだったと閃き、重ねてみると幸いにもちょうどよい大きさだったので、買うことができました。こういうときだけは、運命ということばを安易に使ってよい気がします。

 「発明は必要の母」を体現するかのように欲望が先走るのを、わかっていて止められません。ポーチはほどよく大きな買い物なので、本気の恋でなければ歯止めがかかりますが、送るあてのないポストカードや便箋など、衝動的に買ってしまいます。だれになにを書くかは、買ったあとで考えます。ものには順序があるというけれど、そのきまりを破ったらしあわせになれないわけではないとも思うのです。

サディスティックマッサージャー

 マッサージクッションなるものが売れているらしく、そこらじゅうで見かけます。あれのマッサージが私はどうも苦手です。もぞもぞした動きがくすぐったくてだめなのです。

 サンプルに出くわすと必ず手に取って、克服しようと試みるのですが、何度がんばっても10秒ももちません。お腹と背中にあてがわれて「さあ吐けよ」とでも言われたら、なんでもしゃべってしまいそうです。インテリア雑貨の店に展示されていたのは、おしおきの道具がずらりと並んでいるようで壮観でした。やつらはクッションに擬態しているつもりかもしれませんが、クッションを名乗るくせにちっとももふもふしていませんから、見破るのは容易です。スイッチを押すと中身がうごめきはじめ、より顕著にその本性を現します。幻想的な演出と称して、揉み玉という凶器から妖しい光を放つ個体もあります。

 その雑貨店の店員さんが、試してみるようにと熱っぽく勧めてくれました。サービス精神旺盛で笑顔のかわいいあのおねえさんが、なぜか嗜虐的な趣味の持ち主であるように思われてしかたありません。

 

クセになる

 「はさむと飛び出す! クセになる!!」とパッケージに書かれたクリップが、これまでにLOFTで出会ったなかで最も強気な商品です。紙を挟む器具の虜になった自分はなかなか想像できませんでした。クセにならなかったぞと言ってやるために買って使ってみようか、しばし迷いました。「クセになる」と言い切った学研ステイフルの作戦勝ちです。実際になるかどうかは、問題ではありません。ひとことで消費者の情動を揺さぶってみせる大胆さに、私は敬意を表します。また、LOFTで出会った強気な商品第2位は、「キスが上手になる美容液ルージュ」とします。

 「おいしい牛乳」「あなたのお茶」「美少女戦士セーラームーン」ほどの強い断定口調にこころひかれます。中身は不確かなことでもかまわないから、嘘を真にするつもりで決めつけてほしいのです。たとえば「午後の紅茶」は優秀です。午後に飲めば午後の紅茶なのだからおいしく、午前に飲めばそれはそれで、午前だというのに午後の紅茶を飲んでしまうのがきもちよくて、なんだかおいしい。キャッチコピーの語尾に「と思う。」を入れては台無しだと思うのです。

悪の美学

 ひさしぶりに映画を観ました。メインヒロインでないほうの美女に惚れ込んでしまったからには覚悟していたことですが、しあわせな終わりかたをしてくれませんでした。映画のなかでは、男も女も、私が好きになると破滅してしまいます。

 主人公の愛する女を圧倒するほどの存在感を放っていたのは、呪縛、倨傲、嫉妬といった、やっかいな特質をふんだんに盛り込んだ女でした。それらは美女に与えられたときにのみ、抗いがたい魅力にすり替わってしまうらしいのです。こちらに向かって歩いてくるシルエットひとつとっても、また鎖につながれた姿までも、だれよりも気高く映りました。

 夢中になってソフィア・ブテラの画像を検索していたところ、乗るバスを間違えて、雨に濡れながらよけいに歩いて帰りました。はじめて聞く停留所の名前に驚きながら、女のために命すら投げ出す主人公の心をようやく解しました。美女の手にかかると、みな気がおかしくなるのでしょう。あちらとしては、別にたぶらかすつもりはなくて、ただこちらが勝手に狂いだすのだから、すばらしくおそろしいです。