ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

ストレンジャー

 私に話しかけてくる見知らぬ人は、きまって歳上の女性です。たいていはカフェかバス停で。たまに劇場で、100円ショップで、橋の上で。

 さまざまな場所で交わした数々のなにげないことばのうち、いつまでも覚えているものがあります。楽譜をテーブルいっぱいに広げながらコーヒーをすすっていた昼のことです。隣席の女性が、私に音大生かと尋ねてきました。しがない文学部生だと答えてからも、音楽のお話はつづきます。ショパンチャイコフスキーがお好きらしいこともわかりました。彼女が去り際に教えてくれたのは、棺に入れてほしいという曲の名前でした。お気に入りの名盤があるのでしょう。

 初対面の、そしておそらく二度と会うことのない人に、死してなお聴きたい曲を打ち明けられたのは、その一度だけです。いたずらっぽくてかわいらしい方でした。

 知らないおねえさんについて行っちゃだめだよと諭されたことが、ふいに思い出されます。ついて行きそうなやつに見えるのかな。