ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

ああもう、愛してるよ

 もういちど仲のよい夫婦に戻りたいのなら、「疲れた」のかわりに「愛してる」と言おう、といつかのバラエティ番組が教えてくれました。当時、小学生か中学生だった私はそのめちゃくちゃなアドバイスに衝撃を受け、疲れたと口にしないことをおのれに誓いました。なにしろ「疲れた」をめぐるイメージ映像が強烈だったのです。ため息の応酬、表情をなくしたふたり、冷え切ったリビングルーム。幼心に「疲れた」は禁句として刻み込まれました。

 それからしばらく、他人の「疲れた」にも過敏になっていました。「暑い」「眠い」も「うらやましい」も聞きたくありませんでした。振り返れば、愚痴をこぼす友達より、よほど窮屈で不健康だったのは私のほうです。弱ったところをさらけ出してくれるのを喜ぶようになったのは、ごく最近のことかもしれません。

 「疲れた」も「愛してる」も言いたいときに言えばよいと、いまはそう考えます。互いにためらいなく心を裸にできるのがいちばんだと思うのです。心のパンツという比喩を思いつき得意になっていたのですが、検索したところ用例がいくつもあって、悔しくも仲間を見つけて愉快だったことをさっき思い出しました。